海産アユと湖産アユ



ごく最近まで(河川によっては現在でも)放流の主体は湖産アユでした。湖産アユが好まれた理由は、なんといっても「なわばりを作る性質が強く釣りやすい=放流効果が高い」、ためであったのですが、最近の研究成果を見ると、そうとも言えなくなっています。
例えば神奈川県の内水面試験場の調査によると、1990年代前半までは確かに湖産の漁獲率は他の種苗(海産や人工)に比べて高かったのですが、冷水病が全国的に広がった90年代後半からは、人工とほとんど差がないという調査結果が出ています。この理由ははっきりしませんが、湖産アユのなわばり形成率が何らかの理由で低下したことが直接的な原因のようです。冷水病らしき鮎


どうやら「湖産が良い」というのは、最近では神話になりつつあるようです。そうすると、今度は湖産アユの持っているデメリットの方が問題となってきます。まず一つ目は高い確率で冷水病菌を持ち込んでしまうということで、天然のアユにまで冷水病の被害が及んでいることは多くの釣り人が気づいているとおりです。


デメリットとしての二つ目は、子を残すことができず、翌年の天然遡上の増加には寄与しないということです。淡水に長く適応した湖産アユは塩分や高水温に対して弱く、産卵、ふ化したとしても、子が海で死んでしまうと考えられています。ただ、このことはそれほど重大な問題とは言えないのかもしれません。湖産の放流をその年だけの増殖策と割り切ってしまえば、どうということもないのかもしれません。


もっと心配すべきことは、天然の海産アユに及ぼす遺伝的な影響の方でしょう。
湖産と海産では産卵の盛期に1ヶ月近いずれ(湖産が9月頃と早い)があるのですが、両者の産卵期は一部重なっています。実際、愛知県の矢作川で調べてみると、9月下旬から10月上旬にかけて湖産と海産の成熟した個体が同じ産卵場から採集されました。中央水産研究所の井口さんの実験では、成熟した海産と湖産を水槽に入れると容易に交雑してしまうようですから、野外で交雑が起きていたとしても不思議ではありません。私の研究仲間である東さんは、種崎(高知市)の海岸で採集したアユ稚魚の遺伝子を調べ、10月に湖産と海産の中間型の集団がいたことを報告しています(1985年の話です)。これらの集団はひょっとしたら湖産と海産が交雑した結果生まれた子供であったのかもしれません。


産卵あゆもし、湖産と海産が頻繁に交雑していたらどうなるのでしょうか?単純に考えると、両者の中間的な性質の子が生まれるはずです。そうすると、海水に適応できないという湖産の性質も受け継がれる訳ですから、交雑した子が生き残る率は相当に低くなると予想されます。    


さらに悪いことに、湖産と交雑する可能性が高いのは、早期に産卵する傾向のある大型の親 ―つまり、一番仔を産む親― であることです。一番仔ほど影響を受けやすいとすると、問題は深刻です。


湖産アユには以上のような問題があって、高知県の内水面漁連では2002年から放流種苗に湖産を使わないことを決定したわけです。

私自身の感想としては、遅すぎた決定という気がします。ただ、この決定を拒んでいたのは、他ならぬ釣り人の「湖産アユを放流しろ(あるいは人工はダメだ)」という強い要望であったことは残念なことですし、事実を広く伝えることの難しさを感じます。


とは言え、冷水病の防疫対策が可能な人工種苗 ―同時に遺伝的な悪影響も無いー を主体にすることで、県内のほぼ全ての河川で猛威を振るっている冷水病もやがて収束していくと予想されます。
実際、他県の例では湖産アユの放流を止めた年(同時に冷水病菌を持たないアユを放流した年)には、アユの生残率がかなり高くなり、豊漁となることが多いようです。期待しましょう。

2002年8月

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